企業法務―体験からのメッセージ⑬【契約書その6】

企業法務―体験からのメッセージ

はじめに 企業法務の体験から

私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場を経験しました。常に緊張感をもって業務に取り組んできました。

20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。

基本契約と個別契約

今回も「契約書」にかかわる具体的なテーマを取り上げます。その一つとして、実務の場面でときおり誤解している方を見かける、「基本契約」と「個別契約」について述べたいと思います。

基本契約とは

まず、基本契約とは何かをはっきりさせましょう。次の説明が最もシンプルでわかりやすいように思います。

  1. 「取引基本契約は、企業間で反復継続して行われる商取引、とりわけ動産取引について共通に適用される事項をまとめてあらかじめ定めたものである。」
  2. 「また、一つの取引基本契約書で、当事者間の全体の取引を包含する場合もあるが、取引の内容や形態によって種々の取引基本契約を持ち、対象とする取引が発生のつど、締結する場合もある。」
    (引用:『取引基本契約書の作成と審査の実務[第2版補訂版]』滝川宜信著。民事法研究会発行。1. p.9、2. p.11)

つまり、一度だけではなく繰り返し取引をする場合に、どの取引に対しても同様に適用される「約束事(条文)」のことと考えればよいと思います。したがって、その影響は、一度の取引にとどまらないのが特徴です。
(この記事では、特に断りのない限り、基本契約とは①および②の後段(下線部)を指す意味でご紹介します。)

個別契約とは

次に、個別契約とは何かを確認しましょう。

  1. 個別契約とは個々の「取引の具体的な内容」を定めたものです。
    例えば、目的物の内容、数量、代金、支払方法と支払期限、納期、納品場所等を明記することになります。
  2. 形式としては、「注文書と注文請書」を取り交わすのが一般的ですが、実務では「見積書と注文書」、「個別契約書」、「覚書」、「電子的な申込フォーム(紙面なし)」など様々なパターンを見てきました。

基本契約は必要なのか

契約の両当事者間に基本契約が必要なのかといえば、実はそのようなことはありません。

個別の契約について、その都度「取引の具体的な内容」と必要な「約束事(条文)」について合意すれば、取引としては成立します。
ただし、その合意内容を事後に明できるように、その都度「契約書」として取り交わすことがビジネス上必須となります。

基本契約の利点

ではなぜ取引基本契約を締結するのでしょうか。ざっくり言えばその方がお互いに便利になることが多いからです。

・契約の度に「取引の具体的な内容」と必要な「約束事(条文)」の双方を交渉して合意するのは煩雑なので、どの取引にも適用される「約束事(条文)」を基本契約としてあらかじめ合意しておく。

・毎回変化のありうる「取引の具体的な内容」だけを、取引の都度書面で取り交わす。この内容は「個別契約とは」で述べた実務上の決め事なので、法務に確認を要するようなものではなく、ビジネス部門で決めることができるため、社内手続きの面でも簡便となる。

取引基本契約の締結には、このようなメリットが存在します。

基本契約の締結に不利な面があるとすれば

デメリットを挙げるならば、契約当事者間で立場・力関係に大きな差がある場合、どうしても優位な方の言い分が通る傾向にあり、なおかつその条件を後から変更することが容易ではないことが挙げられます。
個別の契約と異なり、基本契約の場合にはその条件がその後の継続的な取引に影響することになりますから、この点は慎重な判断が必要です。

そのようなことがあるためか、基本契約の締結にあたっては個別契約の締結と比べて上位の決裁を要する会社もあるようです。
経験上、基本契約の締結については、予想される取引額にかかわらず「取締役会審議事項」とされていた例が多かったように記憶しています。
取締役会の開催頻度を考えれば、慎重さと引き換えに時間的なロスが生じる面もありますから、基本契約の締結の要否については、相手方との今後の取引関係を含めて総合的な判断が必要だと考えます。

基本契約と個別契約 どちらが優先するのか

この点は、基本契約で何の合意もなければ、後法優先の原則によって後から締結された契約の規定が優先されます。
一般的には、基本契約の締結後に個別契約を締結する(初回は同時となる可能性もあるが、2回目以降の取引は基本契約よりも個別契約が後に締結することになる)ので、個別契約が優先することになります。
例えば、納品物の保証期間を、基本契約では6か月、個別契約では1年としていた場合、後者の「1年」が適用されます。

しかし、売主側の契約担当者が基本契約だけを意識していると、保証期間を6か月と認識してしまい、後から1年であることを知って慌てるおそれもあります。
例えば、基本契約の契約には法務部または事業部の事務統括部門が関与するものの、個別契約(注文書/注文請書)のやりとりは営業担当だけで行う場合、契約担当者とは法務部や事業部の事務統括部門がそれにあたります。
このような不安定な状態となることを避けるためには、基本契約上に「基本契約を優先する」旨を明記することが必要です。

ただし、そうすることによって、ある特定の個別契約についてはいつもの契約とは異なる条件としたい場合(例えば、危険負担や契約不適合責任など)には不便になります(この点の対処については個別にご相談ください)。
つまり、基本契約と個別契約のどちらを優先すべきかという点は、その取引の性質等によって一律ではないので慎重に検討する必要があることをご留意ください。

また、お気づきの方もいらっしゃることと存じますが、そもそも、基本契約と個別契約の規定が矛盾することがあるのか、という点も重要です。
なぜなら、基本契約によって必要な「約束事(条文)」が合意され、個別契約により「取引の具体的な内容」が合意されるのであれば、基本契約と個別契約には矛盾は生じないはずだからです。
この点は次項をお読みください。

矛盾を生じさせないために

簡単に言えば、基本契約と個別契約の両方に重複する要素を記載しない、ということがポイントです。つまり、個別契約(形式は何であれ)には、「約束事(条文)」を記載しなければよいのです。

最近は少なくなりましたが、以前は「注文書/注文請書」の裏面に「契約条項」、つまり条文が記載されているものをよく見かけました。そのことには状況によってはメリットもあるのですが(後述)、基本契約との優先関係の面で言えば、百害あって一利なしと言えます。「個別契約には条文なし」を標準と考えるのがよいと思います。

実務での注意

これまで述べてきたことのほかにも、基本契約と個別契約との関係では様々な実例を見てきました。ご参考までに、注意すべき事例をいくつかご紹介します。

①基本契約のない注文書/注文請書
このパターンは、あちこちでよく見かけました。
注文書と注文請書はありますが、その土台となる基本契約が存在しないのです。もしかすると、該当する基本契約が存在するのかもしれませんが、古すぎるのか、かつての担当者が個人的に保管しているのか、法務で管理していた契約書のデータベースにも現在の担当者が調べられる範囲にも、それに相当する基本契約は見当たらない、という状態でした(相手方も同様の反応でした)。

このような場合、注文書/注文請書の裏面に「契約条項」があることもあれば、ないこともありました。
契約条項があれば、その妥当性を検討することになりますし、なければ契約条項を追加するか、原則にもどって基本契約の締結を促すことになります。

なお、「取引の具体的な内容」が明記され、記名捺印など所定の要素を満たしていれば、仮に「約束事(条文)」の記載がなくとも、両者間の個別契約としては成立します。その場合、条文に相当する要素は、商法または民法に従うことになります。
一般的にはそのように法律に従うのではなく、当事者間で適切な条件(条文)を約束した方が望ましいからこそ契約条項を記載した契約書を締結する訳ですから、仮に基本契約がない(もとづかない)個別契約を締結するのであれば、必要な条文を「注文書/注文請書」に明記して、契約書面として取り交わすべきと言えます。

なお、「矛盾を生じさせないために」で述べた、「契約条項が記載された注文書/注文請書」にメリットがあるとすれば、それはこの点にあります。

②注文書/注文請書に、どの基本契約に基づく個別契約なのか明記されていない(紐づけなし)
契約の当事者である2社間では包括的な取引基本契約ではなく、特定の製品カテゴリーの取引について複数の基本契約がありました。
個別の発注については、注文書/注文請書を取り交わしていましたが、どの基本契約に紐づくものか明記されていませんでした。

詳細な経緯等は省略しますが、基本契約が異なれば条件も変わるのですから、紐づくべき基本契約が判明しないことは望ましい状況ではありません。

そこで、注文書/注文請書の冒頭に「○年○月○日付け○○基本契約書にもとづき」という趣旨の文言を追加してもらい、どの基本契約に紐づくのか特定しました。

③基本契約書+個別契約書+注文書/注文請書
「基本契約+個別契約」の2階建てではなく、「基本契約書+個別契約書+注文書/請書」の3階建てを提示されたことがあります。
個別契約と注文書/注文請書に記載された「取引の具体的な内容」は同一でしたが、「約束事(条文)」は異なっていました。
想像するに、相手方はかつて、なんらかの事情でこのような形式での取引を経験し、そのときの契約書面を下敷きとして、今回の取引の契約書面をまとめようとしたのでしょう。
しかし、今回の取引について3階建てにする必要はどうしても見当たらなかったので、交渉のすえに「基本契約書と注文書/注文請書(契約条項なし。「個別契約とは」で説明したように、これが個別契約に相当します)」としてもらいました。

④基本契約は締結するが、個別契約に相当する書面は注文書のみ(注文請書なし)
基本契約では、先方の注文書が当社に到達した時点で注文が成立することとされていました。
個別契約の成立がスピーディーになるという利点はありますが、注文を受ける当社がその注文を引き受けるかどうか判断する余地がないという点で、望ましいとはいえません。
状況によっては、品質、数量、納期などの都合で、注文の通りに受注できない可能性もあるのですから、個別契約の成立は、原則のとおり先方の注文書に対して当社の注文請書による承諾をもって成立することとすべきです。

なお、注文請書を省略することによって印紙税(収入印紙)を省略できると誤解される場合があるようですが、印紙税の対象となる取引であれば、注文請書を発行しない規定のときには、注文書に印紙を貼付する必要があるので、発注者にとって印紙税の節約という効果はありません(参考:国税庁タックスアンサー、№7118 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7118.htm)。

まとめと次回予告

今回は基本契約と個別契約についての基本的な情報と注意すべき実例について簡単に解説しました。

基本契約と個別契約には一冊の書籍になるほど様々な論点があり、実際、多くの参考書籍が販売されています。法務担当者にとっては周知の事項も多かったかもしれませんが、ご担当部門の方にとっては「初めて聞いた」ということもあるかもしれませんので、そのような部門間のコミュニケーションの際にこの記事をお役立ていただければ大変嬉しいです。

また、何か疑問なことがあれば、お気軽にお問合せください。

次回は、裁判管轄についてご案内する予定です。ベテランの法務担当者にとってはよくご存知の論点だと思いますが、新任法務担当者にとってはご参考になる要素もあろうかと思います。
また、裁判管轄などと言うと、ご担当部門の方にとっては、これから取引をするために契約を締結しようとしているのに、裁判なんで縁起でもない、というお気持ちを抱かせてしまうかもしれません。
そのような場合の会話のご参考にもなればと思います。

引き続きお楽しみいただけますと幸いです。

※前回までの投稿は、以下をご参照ください。

企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑧【契約書その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑨【契約書その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑩【契約書その3】
企業法務―体験からのメッセージ⑪【契約書その4】
企業法務―体験からのメッセージ⑫【契約書その5】

(代表 長谷川真哉)

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