企業法務―体験からのメッセージ②【人】

企業法務―体験からのメッセージ

はじめに 企業法務の体験から

私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場で緊張感をもって業務に取り組んできました。

20年といえば、生まれたての赤ちゃんが成人するまでの期間+2年となります。当然、様々なことがありました。その中で、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。

2回目となる今回は、【人】について少し述べたいと思います。

企業法務に携わる人たち

今回は、これまでに出会った上司(部門長から役付き役員まで)を中心に触れてまいります。

どのような人物が法務部門の責任者または実務担当者に相応しいか、という点については、「法律に詳しい人」というような共通項が思い浮かびつつ、業種、会社の規模、取扱い業務の性質などから様々なご意見があるかと思います。

また、法務という職種の特性上、歴史的な経緯はともかく現代では【弁護士】という国家資格との強い親和性があることもまた事実でしょう。

それに加えて、会社の部門の一つであるからには、法務部門長には部門を運営する能力が求められることも明らかです。

さて、ここで私が法務の仕事をしていた20年間の「直属の上司」の主な属性を列挙してみましょう(順不同)。

・総務
・人事
・経理
・社長秘書
・リスク管理
・コンピュータ技術者
・システム開発者
・営業  など

また、私の前任の法務部門長・組織長は次のような経歴の人たちでした(彼らの退職後に業務を引き継いだので、上司ではなく直接の面識もありません)。

・総務
・法務
・化学技術者  など

このように見てみると、「法務」を主たる属性とする人もいない訳ではないのですが、多くは別の業務経験がメインの人たちであり、法務については「携わったことがない」「わからない」「詳しくない」と言う人の方が多かったです。

社員が100名位の規模の会社であれば特段不自然ではないかもしれませんが、私は偶々比較的規模の大きな会社に勤めていました。TOPIX Core30の構成銘柄の会社、元東証一部・二部上場会社、銀行・生命保険といった会社です。それでもこのような状況でした。ただし、20年という時の変化の影響も考慮すれば、現在では状況は異なるかもしれません。

視点を広げて、国内大手企業の法務部の状況について見てみましょう。経営法友会が発表している「会社法務部 [第12 次] 実態調査の分析報告」によれば、経営法友会会員企業、公益社団法人商事法務研究会会員企業および証券取引所上場企業等に対して2020年に実施したアンケートの結果、法務部長の属性について回答した1,118社のうち、31.7%(354社)が『中途採用者』と回答しています(複数回答)。社内から見つけることの難しさを物語っているようですが、逆の見方では7割近くの会社は社内から登用しているとも言えます(関連記事)。

仕事のために必要な経歴や知識とは

「生まれながらに法務」という人はいません。いま法務を専門としている方も、人生のどこかのタイミングで法務に関わることになった訳です。私自身、販促・宣伝・広報・営業のような業務を体験する中で、あるきっかけから法務の仕事に興味を持ち、最初は独学で、次にとある資格試験学校に夜間に通学するなどして企業法務にまつわる知識を身に着け、「当社にも法務をつくるべきです。私にやらせてください」と手を挙げた人間です(当事務所HP)。

また、上で述べたように私の上司や前任者の多くは法務に関わったこともない人たちでした。

したがって、必ずしも「法学部を卒業して会社の法務部へ」という人でなくて構わないと考えています。むしろ、そのような純粋培養系の人の中には、あまりにも「狭く、深く」という印象の方もいて「やりにくいなあ」と感じた経験も一度や二度ではありませんでした。

しかしながら、業務である以上、やはり一定の知識は必要です。いつまでも「わからない」と言い続けるのは無責任というものです。

とはいえ、企業法務に関する知識には限りがないので、極めることは難しいと思います。世間の人々は、「弁護士であれば法律のプロだから、何を聞いても即座に的確なアドバイスをくれるだろう」と考えている節がありますが、たとえ弁護士でも専門外のことであれば、即答は難しいでしょうし、そもそも企業法務においては、「法律」と「ビジネス」の両方の知識と経験が必要ですから、「法律」について最新かつ新鮮な知識を有している「登録したての弁護士」であっても、「ビジネス」面については一定のインプットが必要になるのではないでしょうか。

それでは、法務の仕事をするためにはどの程度の知識が必要か。社内登用の場合を想定して、自社の「ビジネス」面の知識・経験は十分であると仮定しましょう。そうなるとポイントは「法律」の知識となります。

私見ですが、会社の仕事というものは、学生のレポート等とは異なって、自分一人だけで結果をだすような性質のものではなく、必要に応じて社内外の知恵と助力を求めてよく、むしろそのようにしてクオリティを上げるべきものだと考えています(ただし、丸投げはだめですよ)。

そうであれば、そのような人と無駄なく効率的にコミュニケーションを図ることができる力だけは欠かせないことになります。都度相互の理解のブレが生じないことが大切です。

最低限必要な二つのこと

私は、そのために最低限必要なことは、次の二つだと考えています。

①法体系全体についての、ふんわりとしたイメージを把握していること。

何かを調べるときに、今なら「ググればなんとかなる」という発想があることは仕方のないことだと思いますが、それだけではやはり不十分です。

“民事なのか、刑事なのか、行政分野なのか”、“実体法マターなのか、手続法マターなのか”、などを大まかに把握できることは、現在地と目的地を見失わないために不可欠な能力ですし、それを培うためにはある程度の勉強は欠かせません。

②共通の言葉を理解していること。

基礎的な法分野で用いられる専門用語を正しく理解していることは重要です。仮に即答できなくても、①の視点を前提に正しく調べることができる素養は不可欠です。そうでないと、社内外の専門家の知恵を借りるべくコミュニケーションを図るときに誤解や思わぬズレが生じることがあります。

驚いた体験

あるときこんなことがありました。弁護士との打ち合わせに同席したときに、「(弁護士)悪意の第三者が・・・」、「(総務部長)いや悪意の第三者ではありません」というやりとりをしているのですが、どうにも会話がとんちんかんなのです。やがて総務部長は「当事者に悪気があったとは思えないのです」と。

民法を学んだ方が聞けば「まさか」と思うでしょうが、実話です。

これは極端な例ですが、法律に関する事柄を正確かつ簡潔に理解して伝達するために、共通の言葉である専門用語を正確に身に着けていることはとても大切です。

前述のように、担当部門が弁護士に相談するときに同席を求められることはよくありました。そのような場合、その場で、または事後に、弁護士のアドバイスがよく理解できないので解説して欲しいと求められることも多かったです(弁護士が聞けば不愉快に思うかもしれませんが、現実にはこのような助け舟の要求はよくあることでした)。

その際、弁護士のアドバイスに用いられた専門用語を正しく理解できないと、その趣旨を担当部門に説明できません。「その件は、債権者不確知による供託が可能です」と言われて、担当部門ならともかく、法務担当者の頭上に「??」が飛んでいるようでは、ちょっと不安ですね。

余談ですが、あなたが、法律のことはよくわからないが法務の仕事に携わることになった、というのであれば、企業法務に必要な法律知識をまとめたビジネス実務法務検定試験に挑むこともお奨めです。それ以上を目指すのであれば、受験するかはともかく、司法書士試験の科目を勉強するのもよいかもしれませんね。登記以外にも法務実務に有益な知識を得ることができることでしょう。

次回予告

今回は、「人」について、基本的な法律知識に関するお話しとなりました。次回はもう少し具体的に【登用・採用】についてコメントする予定です。引き続き、お楽しみいただければと思います。

※前回の投稿については、以下をご参照ください。

企業法務―体験からのメッセージ①【期待】

【引用】

米田憲市編、経営法友会法務部門実態調査検討委員会著 『会社法務部 [第12次] 実態調査の分析報告』p.41~43/第Ⅰ章 法務部門の構成と法務担当者の位置付け 2法務部門の構成 (3)法務の部門長の属性(問6)。(株式会社商事法務、2022 年3 月1 日 初版第1 刷 発行)

(代表 長谷川真哉)

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