はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場で緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
3回目となる今回は、【採用】について述べたいと思います。
どのような人を求めているか
今回は、これまでに私の働きかけによって、部下として社内・外から法務部門に来てもらった人に関連するお話を予定していましたが、すべてを書くと散漫になってしまうので、社外からの中途採用の体験に絞ることにいたします。
若手、中堅、次期管理職候補など、様々なスペックの社員の採用を試みました。今思い返しても、相当数の候補者と関わりましたが、そのうち、次期管理職候補の採用のときの体験が忘れられません。
自社内ではスキル、年齢構成など様々な視点に照らして、1~2年後に法務課長をお任せできる候補者が見当たらなかったので、人材紹介会社に依頼して、中途採用することにしました。経験年数を厳密に問うことはなく、ポジションに見合った実務能力があり、長く会社に貢献してくれる方を募集しました。
失敗体験と改善策
実は、その前に苦い経験をしたことがありました。30代前半あたりの若手から中堅の社員を採用したときに、大きな失敗をしました。要するに自分の見る目がなかった訳ですが、面接で受けた印象と実際の実務能力に大きな隔たりがあり、かなり育成に力を注いだものの全く改善の兆しが見られないという体験をしたのです。
限られた書類と数分間の面接で、望ましい採用をすることの難しさを嫌というほど思い知らされました。とはいえ、外部から採用するのであれば、何か工夫をしない限り、同じことを繰り返すおそれがあります。
そこで、判断材料の一つとして、筆記試験を追加することにしました。
具体的には、書類審査を通過した候補者に模擬の契約書審査をしていただき、その結果が判明してから面接に進んでいただく方法です。候補者の負担が過大にならないように、30分程度でできる分量としました。
自社でありがちな取引等について和文と英文2種類のダミーの契約書をつくり、基本的なポイントについて「この程度は実務経験があれば正解できて当然」というシンプルな問を設け、顧問弁護士にもあらかじめチェックしていただきました。
自分なら9割は正答できるレベルに設定しました。
自分よりも優秀な方に来ていただきたかったので、自分でも簡単には答えられない難易度の問題を1割程度含めました。
結果から言えば、この方法は大正解だったと考えています。
なぜ筆記試験を加えたのか
ここで申し上げておきますが、筆記試験は万能ではありません。法務部長候補者であれば、他社での管理職経験や場合によっては社内で「うまく実務を回す」ような、ペーパーでは測ることのできない能力が求められます。
一方、若手で、まだあまり契約書審査の経験がないであろう人材に対して、試験の点数だけで判断するのも無茶なことだと思います。
さらに言えば、契約書と一口に言っても、業界によって接する頻度の高い契約形態は大きく異なるでしょう。例えば、オフィス用品のサプライヤーで法務経験があるからと言って、建築工事の請負契約を判断できるかと言えば、それは難しいはずです。
そのような筆記試験の欠点があることを承知のうえで、それでも一定の範囲では大きな効果がありました。
なぜか。
私の体験に限っていえば、法務の仕事をしたいと手を挙げる方には、仕事がよくできそうな会話をする人が多かったことが挙げられます。
要するに、とても弁の立つ候補者が多かったのです。
例えば、採用面接で契約書審査の口頭試問をしたときに、次のような会話がよくありました。
「このような種類の契約書の審査はできますか」、「はい、もちろんです。月に◇件程度、みてきました」
「それでは、☆☆契約書を買主の立場で審査するとします。○○という条件は譲れません。このような場合に大切なポイントは何だと思いますか」、「●●と、□□だと思います」
「それらのポイントについて、あなたならどのような方向でチェックしますか」、「私なら、××の方向に修正します。▽▽にならないように気を付けます」
この会話には何もおかしなところはありません。この人なら当社でよくある☆☆契約書なら即戦力として対応してもらえるな、と期待しました。
しかし、現実にはそうはならなかったのです。
詳述は避けますが、結局のところ、私の力では、その人がホンモノの契約書を目の前にしたときに、期待していた成果を出せるかどうかを見抜くことができなかったということです。
そこで、法務の基本的なスキルの代表例である契約書審査について、さほど難易度の高くないダミーの契約書を用意して、それを筆記試験として先に受けていただき、その候補者が審査の基本的なポイントをどのように理解しているかを把握してから面接の場に臨むようにしたのです。
筆記試験の効果
その結果、まるでメガネの曇りが晴れたように、落ち着いて客観的に候補者のことを見ることができるようになりました。
初めての環境でいきなり筆記試験を受ければ、緊張で本来の力を発揮できないこともあり得ますから、正答に敬意を払いつつ、誤答について判断の根拠などを尋ねるようにしました。
それにより、その候補者の理解度がわかるとともに、ご自身をありのまま見せようとしているのか、それとも実体以上に大きく見せようとしているのか、ある程度見分けられるようになりました。
さらに言えば、面接開始の時点で筆記試験の点数をお伝えすると、点数の低めな候補者は、「自分はよくできます」という無駄なアピールをしなくなる傾向が高かったので、お互いに化かし合いのような面接にならずに済むことが多かったように記憶しています。もしかしたら、これは日本人だからこそ、だったのかもしれませんね。
このような私の体験が、貴社のご参考になれば幸いです。
おまけ。意外な結果
同一の筆記試験を様々な候補者に受けていただくと、おおよその傾向のようなものも見えてきます。
一概には言えないものの、やはり企業法務の経験が長い候補者が高得点を取ることが多かったように記憶しています(資料は会社に残してきたので、詳しい情報は手元にないことをご容赦ください)。比較的近い業界の人も、やはり点数が高めのことが多かったです。
一方、得点が低い人は、経験年数の短い人、上司や先輩などから契約書審査について教わった経験がない人だったようです。
難易度については、「自分なら9割正答できる程度」と申し上げました。9割得点できた方は何人かいましたが、それを超えた人は残念ながらいませんでした。
今でも覚えていますが、ダントツの最下位と、下から2番目のお二人は、なんと現職の弁護士さんでした。
応募書類に「弁護士」と記載されていたのでとても期待していましたから、この結果は大変意外でした。
英文契約書については低得点の候補者が多かったですが、それでも皆さん1~2割は点数をとっていました。しかし、最下位の方は白紙でした。和文契約書の結果も芳しくありませんでした。
面接でご事情をうかがうと、その方は司法修習を終えて間もなく、実務の経験がほぼない方でした。
もうお一人の方は、数年間の事務所経験がありました。面接でお尋ねしたところ、離婚や相続など、いわゆる家事事件を得意とする事務所だったとのことで、「実は、民事事件の経験はあまりないのです」とのお答えでした。
お二方ともご事情は理解しましたが、その時点でそのようなスキルでお迎えしても、活躍していただくことは難しいと判断せざるを得ませんでした。
次回予告
今回は、中途採用に絞ったお話をさせていただきました。次回は、【転属】についてお伝えする予定です。社内他部門から法務への転属を打診された例から、法務の仕事に対する他部門の理解の一端がうかがえるかと思います。引き続き、お楽しみいただけますと幸いです。
※前回までの投稿については、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
(代表 長谷川真哉)
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