はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場を経験しました。常に緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
国際取引契約 「最初の一歩」
今回もテーマは「契約書」です。これからは少し具体的なことについて述べたいと思います。
ついては、まずは大きな枠組みから入りましょう。契約の分類は様々ありますが、その一つとして、「国内取引契約」と「国際取引契約」があります。
国内取引契約については馴染みがある方が多いと思いますし、このあと様々な側面について述べますので、今回は国際取引契約を取り上げ、忘れてはいけない「最初の一歩」についてコメントいたします。
国際取引契約に用いるべき言語
私は、米国、英国などの英語を母国語とする国だけでなく、中国、イスラエル、その他さまざまな国との取引契約に携わった経験があります。
その際の契約書の言語は、「英語」の一択でした。
こちらからドラフトを提示する場合だけでなく、相手方から提示される場合でもそうでした。
もちろん、多国間取引の経験が豊富な方の中には、「そうではない」というご意見もあろうと思います。
それはよくわかります。しかし、重要なことは、双方が理解できる言語にすべきということです。この場合の双方とは、自社においては契約の担当者(営業、調達、技術など)だけではありません。
その会社内の関連部門との調整や、幹部との意思疎通等のためには、誰もが理解できる言語とすべきと考えます。日本の企業であれば、それは日本語のほかには英語しかないのが現状だと思います。
したがって、相手方が「日本語の契約書」でよいと言えば日本語で、そうでなければ「英語で書かれた契約書」にすべきこととなります。
日本語の契約書を英訳すること
私は6社で法務に携わったことがありますが、複数の会社でこんなやりとりを経験しました。
「この契約書を英訳したい。法務部で英訳してもらえますか。それとも、外部の翻訳会社のあてはありませんか」
理由を尋ねると、いつも同様に次のようなことを言われたものです。
①国外の会社と取引したい。
②契約書のドラフトは自社から提示したい。
③自社のドラフトは国内で用いている日本語の契約書と同じ内容にしたい。
「だから、自社で国内取引に用いているひながたを英訳してほしい」という結論なのです。
どこがおかしいと思いますか
上の①、②には、おかしなところはありません。
どちらがドラフトを提示するかついては、色々な論点があります。契約の両当事者が少しでも有利な立場に立とうとして、壮絶な”Battle of Forms (書式の戦い。どちらの契約書式をベースとするかの綱引き)”が繰り広げられることもあります。
しかし、一般的な商取引においては、商品・サービスを提供する側がその条件を表したドラフトを提示することが多いように思います。
ただし、例えば大手の製造業の会社の場合などは、商品・サービスを購入する側が自社の購買条件を適用させるためにドラフトを提示することも珍しくはありません。
また、現代の取引は国内で完結することはむしろまれで、原材料の調達やライセンスの購入、販売や役務提供などのため外国と関わる契約は非常に多いです。
このように考えると、①と②は想定される範囲内と言えます。
英文契約書 ≠ 日本語の契約書の英訳
問題は、③なのです。
端的に言えば、英文契約書は日本語の契約書の英訳ではない、ということです。
この点はしっかり理解していただきたいと思います(ご存知の方は読み飛ばしてくださいね)。
英文契約書も米国で用いられているものと、その他の国で用いられているものは完全に一致している訳ではありません。
ここでは最も馴染みのある米国の契約書を念頭においてお話しします。
米国で用いられている英文契約書には、一定の「型」があります。一定の条文がもれなく掲載されていますし、通常のビジネス英語とは異なる表現があります。仮に馴染みのある単語でも(例:will、shallなど)、日常の英文、英会話とは異なる趣旨を表す場合があります。
したがって、どれほどビジネス英語が得意という方でも、米国の法廷でも通用する英文契約書を起案するのは事実上不可能だと考えます。
もしも実際に英文契約書を作成するのであれば、ビジネス上の条件を箇条書きにまとめて、それを元に専門の弁護士に依頼するのが唯一の現実的な対策です。
ちなみに、法務担当者向けの英文契約書を読むためのセミナーは、あちこちで開催されています。自社のビジネスの性質上、国際的な取引がある程度頻繁に生じる場合には、そのようなセミナーを受講しておけば、上記で述べたことが実感として理解できます。
読むだけでもこれほど大変であれば、起案するのがどれほど困難かということが分かりますから、英文契約書の作成を依頼してきた部門に説明するにあたっても説得力のある解説ができるだろうと思います。
日本法人同士なのに英文契約書?
日本法人同士の契約なのに、「英文契約書にしてください」と言われたことがあります。一度や二度ではありません。
よくある理由は、「相手方の工場が外国にあるので契約内容が正確に伝わるように」、「相手方の役員が米国人なので、内容を了解してもらうために」などです。
前者は実際の製造工程を海外においている日本の会社でした。後者は米国等外国の会社が出資している日本法人であることが殆どでした。
この場合の対処としては、まずはビジネス上の関係をよく考えるところから始めるべきでしょう。両社の関係・立場によって結論は変わることがあります。
それを前提として、どちらかが一方的に優位とはいえないような場合、つまり、概ねフラットな関係であれば、「その申し出を拒否して、日本語の契約書を締結する」のが望ましいと考えます。
その理由としては、主に次が挙げられます。
・英文契約書の作成または審査には大きな経営資源(費用、手間、時間)の投入が必要となること
・相手方が英文契約書のドラフトを提示した場合、その内容の適否を自社の関連部門、役員ほか幹部が検証するにあたって、日本語の契約書よりも甘くなりがちであること(誤読、見落とし、「まあ、このような言い方もあるのかな」的な妥協など)
私なら、「日本式・日本語の契約書とすること」をお奨めします。それによって相手方の社内のコミュニケーションに手間や問題が生じたとしても、それは相手方が負担すべきコストです。
日本語で締結した、必要事項が具体的にもれなく表現されている契約書を、両社がそれぞれの社内にきっちりと徹底する。その過程で英訳が必要であれば、その誤訳リスクも含めて、英訳が必要な側が負担するべきでしょう。
ただし、有利な契約条件を引き出すための手段として、英文契約書という条件を呑むということもない訳ではありません。
自社内のマネジメント層、関連部門等において英文契約書をそのまま検討することに自信があるのであれば、相手方の希望を受け入れ、そのかわりに「タダという訳にはいかない。引き換えに○○という条件を受けてもらえますか」と交渉のちょっとしたカードとするということです。やや高等な戦術なので、よほど交渉に自信がなければ、避けた方が無難かもしれません。
まとめと次回予告
今回は国際取引契約について、個別の条文の検討ではなく、全体の捉え方について述べさせていただきました。
それぞれの業界、会社や商品・サービスの特徴、相手方と自社との関係によっては一律に決めつけることは難しい論点ですが、基本的なポイントとして法務部門だけでなく、社内全体で理解を共有しておくことが、その後の社内での議論における出発点として重要なのではないかと考えます。
私は、以前に勤めた複数の会社で、必要の度合いに応じて理解促進のためにいくつかの取組を実施しました。
もし、関心があれば、お気軽にお問合せください。
次回は、国内契約に戻ります。契約の当事者と調印者(サイナー)について、基本的なポイントをご紹介したいと考えています。
引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑧【契約書その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑨【契約書その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑩【契約書その3】
(代表 長谷川真哉)
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