企業法務―体験からのメッセージ①【期待】

企業法務―体験からのメッセージ

企業法務の体験からお伝えしたいこと

私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場で緊張感をもって業務に取り組んできました。

様々なことがありました。その中で、企業法務に携わる方のご参考に少しでもなれば、ということを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信することにしました。

ご興味のある方はぜひお付き合いください。
初回は、【期待】についてです。

企業法務にまつわる「期待」と現実

突然ですが、貴社の法務部は何を期待されていますか?
これは、問われる人によって様々な返答があろうと思います。

・専門性の高い業務だから、それに対応できる人にしっかりやってもらいたい。
・事前規制から事後監視に変わった。それに対応するためには、自社でしっかりしたリーガルチェックが欠かせない。その役割を担って欲しい。
・海外との取引が増えたので、国内取引のようなあうんの呼吸が通じない。国際的に通用するバックアップ体制が必要だ。そのためには法務も強化が必要だ。

社長、役員などのマネジメント層からはこのような返答がありそうです。

また、現場の第一線の部門からは、次のようなコメントがあるかもしれません。
・当部は社外と連携する仕事が多いが、都度内容が異なるので定型的な契約書ではすまないことが多い。相手方から文案の提示があり短期間での返答を求められることも日常茶飯事。ついては、法務部には短時間でOKの返事をして欲しいのだが、色々と難しいことを聞かれたり言われたりするので煩わしい。これではサポートではなくブレーキのようだ。

・新しいプロジェクトを始めるにあたって、大筋は合意できた。次は契約書を交わす段階。問題のない契約書にしたい。当社には法務部があるからこの先は任せたいのだが、相談したら「え、もうそこまで進んでしまったのですか」とか、「本件のオーナー部門と相談しながら進めたい」などと面倒なことを言う。「出来ました」と仕上げてくれればよいだけなのに。

・経済環境が厳しくなったせいか、売上金の回収がままならない事案が以前よりも増えた。特にA社からの支払遅延は大問題だ。経理からは「早く入金を」と言われるが・・。法務ならなんとかしてくれるだろうと相談したら、「お金のない相手からは取れないと思います」などと冷たい反応で困った。

などなど。期待だけではなく、少々ご不満が添えられることもあるかもしれません。

何か欠けていませんか

これに対して、法務の実行部隊の責任者、例えば法務部長、あるいは法務課長である皆さんはどのように感じますか。

・毎日必死に働いているのに理解を得られないことがある。
・他部門とはうまく話がかみ合わない。
このような感想を抱いている方はいませんか。

もしそうであれば、法務部門とそれ以外の関係者との間に「ズレ」が生じているということでしょう。それを解決するためには、どうしたらよいのでしょうか。
私なら、「期待」と現実の間をつなぐものが足りないのではないか、とまず考えます。

貴社ではどうでしょうか

ここで法務部門のリーダーの方々にお尋ねします。
マネジメント層が法務に何を期待しているか理解していると自信をもって言えますか。
この場合、少なくとも”対象と方向”、つまり『これについて、このようにやって欲しい』ということが明らかであることが大切です。

例えば、「まずは日々の取引が安定的に安全に進むこと。そのために必要な仕組みづくりと継続可能なオペレーションを整備してほしい」とか、「レピュテーションリスクを負うことのないよう、コンプライアンスの重視」などのように、優先順位がはっきりしていることが重要です。

「当社ではその辺りのコミュニケーションには問題はない。何を期待されているかははっきりわかっている」、「担当役員は法務の経験者だから、指示は明確だ」と法務部門が返答できるなら心配はないでしょう。
しかし、そのような会社ばかりでしょうか?

「いやいや、そんな具体的な指示はないよ」とか、「要するに日々の契約書のチェックや相談業務も、トラブル対応やコンプライアンス教育も、あれもこれもバランスよくやってくれと言われるだけですね」など様々な反応がありそうです。

よくわかります。私の経験に照らしても、マネジメント層の期待が率直に法務部門に伝えられるとは限りませんでした。

「どのようなことをご期待でしょうか」と問うても、必ずしも明確な返答があるとは限りません。何が必要でどうするのが最適なのかは、現場責任者である君が考えたまえ、ということなのかと感じたことも何度もあります。

法務部長の腕の見せ所

そうであれば、「期待」と現実をつなぐものを形づくるのは、法務部長の仕事です。
まさに腕の見せ所です。当社の経営目標と現状に照らして、法務が貢献できるところと法務に不足していることをリストアップして、必要な対策を練り上げましょう。

社内の各部門ともできる限りコミュニケーションを図り、どんなことが求められているのかをキャッチする必要があります。もちろん法務部門のその時の陣容でできることには限度がありますから、あれもこれもすべてを最優先でできるはずはありません。『どんなことでも、最高のクオリティで、最短の時間で』という訳にはいかないのです。

その点についての納得を得るためにも、集約した情報をもとに、法務部門としての”方針”、”目標”、”計画”を文書で明らかにすることが不可欠です。
そしてそれをマネジメント層と丁寧にすり合わせましょう。

「提出しました。OKと返答がありました」では不十分です。理解しやすいようにプレゼンしたうえで、マネジメント層の「期待」と一致しているか、場合によってはマネジメント層が意識していなかったことをも掘り起こして、意識の統一を図りましょう。

そのときに、「そうじゃない。こういうことなんだよ」「そういうことならば、優先度をこのように変更しましょう」という意見の交換があって、それによって両者の思うところが一致するのが望ましいと思います。そのようにして形成した法務部門の”方針”、”目標”、”計画”を社内に公表しましょう。それこそが、「期待」と現実をつなぐための重要な仕掛けとなります。

社内の理解を得ることの大切さ

意識の統一を図る相手はマネジメント層だけではありません。社内の各部門とコミュニケーションを図る過程で法務に期待していることを受け止めて、少しでも近づけるように努力しつつ、現時点では優先度を上げられないものがあることも関係者に理解してもらうべきだと考えます。それによって、「期待」と現実のズレが小さくなる可能性があります。

そしてもう一つ欠かせないのが、法務部門内のメンバーがその”方針”、”目標”、”計画”を理解して納得することです。納得すれば、意欲的に取り組んでくれることが期待できます。
このような点を意識すれば、「今年の計画を作って役員に提出しておいたから、みんなもあとで見ておいて」ということにはならないはずです。メンバーの職位や経験にもよりますが、できる限り情報収集の段階から関与してもらい、立案の当事者になってもらうことが望ましいと思います。

1回だけでは大きな変化はないかもしれません。しかし、このような取り組みを2年、3年と継続すれば、マネジメント層も他部門も「法務には○○や□□が期待できる。一方で△△についてはすぐには手が回らなさそうだ」ということの理解が進み、誤解も生じにくくなるのではないでしょうか。

上に書いたことは、すべて私が体験してきたことです。法務部長はとても忙しいので、日々のオペレーションを上手く回すことで精一杯かもしれません。「経営企画部門から次年度計画を出せと言われた。仕方がないので、前年のものを微調整して出そうか」となりがちな気持ちはよくわかります。
しかし、仕事が順調に回らないと感じることがあれば、社内の上下左右の「期待」を整理し、理解を得るためのツールとして法務部の”方針”、”目標”、”計画”を活用するのも一つの手段なのではないかと思います。

大企業の実態

ここまで、部門の目標設定の活かし方について述べてきました。それでは、大手企業の法務部では、どの程度目標設定がなされているのでしょうか。
経営法友会が発表している「会社法務部 [第12 次] 実態調査の分析報告」によれば、経営法友会会員企業、公益社団法人商事法務研究会会員企業および証券取引所上場企業等に対して2020年に実施したアンケートの結果、回答した1,233社のうち、14.7%(167社)が『目標管理をしていない』とのことでした。
大変興味深いと思います。この分析について関心のある方は、こちらの記事をご参照ください。

次回予告

次回は【人】についてコメントする予定です。なにごとも、それを実際に動かすのは「人」です。法務の仕事にまつわる「人」について少しだけお話しようと考えています。

【引用】

米田憲市編、経営法友会法務部門実態調査検討委員会著 『会社法務部 [第12次] 実態調査の分析報告』p.xiii/調査の概要、p.133~138/第Ⅲ章 法務組織の管理・運営 1目標・費用管理 (1) 目標管理の方法(問36)。(株式会社商事法務、2022 年3 月1 日 初版第1 刷 発行)

(代表 長谷川真哉)

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