はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場を経験しました。常に緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
裁判管轄(前回のおさらい)
民事訴訟法では、どこの裁判所に訴え出るべきかを原則として被告(裁判を起こされた側)の住所地を管轄する裁判所とし、不法行為または不動産に関する裁判の場合にはそれとは異なる規定もあること。当事者間の契約で民事訴訟法と異なる定めをすることは可能であり、その合意が優先されること。契約の相手方の本社所在地が自社と異なる場合には用心すべきこと(大きなコスト負担が生じること)をお伝えしました。
準拠法条項について
今回は前回につづき「一般条項」の代表的な条文の一つである「準拠法条項」について簡単に触れたいと思います。
この「準拠法条項」も契約書の作成・審査においては頻出ポイントであり、法務担当者は熟知していることでしょう。
しかし、新任法務担当者、ユーザー部門の方の中には勘違いしてしまう方もいるので、対比しながらご説明させていただこうかと思います。
準拠法とは
「契約当事者間で、契約中の各条項や文言の解釈、契約の履行について食い違いが生じた場合、あるいは紛争が生じた場合において、一体どの法律を「物差し」として判断し、解決を図るのかということが問題となる。この「物差し」、すなわち、契約の各条項や文言の解釈、契約の履行に関する問題の判断基準となる法律のことを準拠法という(引用:「実務契約法講義[第2版](佐藤孝幸著。民事法研究会)p.104、「英文契約書の書き方[第2版](山本孝夫著。日経文庫)」p.26)。
つまり、その契約に関する判断の基準となる法律をどの国の法律とするのかということです。
それを「日本法」とすれば、「準拠法は日本法」となり、米国とするなら個別の州法、例えば「準拠法はカリフォルニア州法」となります。
お気づきと思いますが、国内取引においては、原則として準拠法は日本法となりますから、あえて契約書に準拠法条項を設ける必要はありません(義務履行地が国外である場合などは例外となります)。
したがって、「準拠法」について留意が必要なのは国際取引契約となります。
判断の基準?
「履行」、「納期」、「引き渡し」、「保証」その他契約書には法律用語を含む数えきれないほどの言葉が掲載されます。それぞれの言葉には、固有の意味がありますが、それぞれの言葉について国が異なれば意味(あるいは意味する範囲)が異なるという場合もあるのです。
自国では当然と思われる解釈が他国では成り立たない可能性もゼロではありません。
その時に、「この言葉は、あるいはこの一文はどのように解釈されるべきか」を判断する基準となるのが「準拠法」ですから、極めて重要です。
「準拠法」はどの国の法律とすべきか
準拠法は当事者間の契約で定めることができるので、国際取引契約の当事者間で綱引きが行われます。
誰でも、なじみのある自国の法律にしようとします。そして、結局は契約当事者の力関係で決着するのが一般的です。
しかし、仮に主張しにくい立場だとしても最初から諦めるのではなく、日本法にするのが難しければ、両者にとってなじみがあり、かつ納得できる第三国の法律にするなど、まだ打つ手がある可能性があります。
このあたりは、取引の性質、当事国の法整備状況、その他さまざまな状況によって対応が異なりますから、各社の法務部にご相談することをお奨めします。
ちなみに、ビジネス上の取引ばかりでなく、個人的な契約、例えば海外コンテンツの視聴や海外で作られたソフトウェアの使用許諾契約の条文をよく読むと、準拠法として日本法ではなく海外の法律とされている場合があるので、お時間のあるときにご覧になってはいかがでしょうか。
裁判管轄との関係
準拠法と裁判管轄は関連する要素です。この点について、大きく分けて2つの注意すべき点があるので、簡単にご説明します。
(1)裁判管轄(合意した裁判所のある国)と一致させるべき
仮に裁判管轄を「米国カリフォルニア州の裁判所」とした場合、準拠法を「日本法」とするのは合理的ではありません。有体に言えば「無理」があります。
裁判管轄と準拠法が一致しなかったとしても、一応契約書としては成立します。
しかし、米国カリフォルニア州の裁判官が同州の手続きにしたがって、日本法を判断の基準として判決を下すことは現実的でしょうか?
そのように考えると、準拠法と裁判管轄に不一致が生じないようにすべきとされています。
(参考 「実務契約法講義[第2版](佐藤孝幸著。民事法研究会)」p.107)
(2)裁判管轄における被告地主義と混同しない
裁判管轄においては、お互いに不公平が生じないよう「被告地主義にしませんか」という提案はよくあるものです。
特に国際取引契約においては大きな威力を発揮します。例えば、米国カリフォルニア州の企業と取り交わした契約書において裁判管轄を同州の裁判所にしたとします。そうすると、相手方は当社を訴えようとすれば、地理的にも手続きの慣れという点でも大変手軽に当社を訴えることができますが、相手方に非があって訴えなければならないときには、当社としてはカリフォルニア州の弁護士を探すところから始めなければならず、その負担は極めて大きくなります。
このような不公平を調整するために、「お互いに相手を訴えるときには、相手の国の裁判所に訴えることにしましょう」という主張(被告地主義)は一定の効果があります。
ベテラン営業担当の勇み足
日常的に国際的な取引契約を担当している営業担当者がいました。裁判管轄については相手方の国の裁判所とする契約書ドラフトを日常的に見ていた彼は、法務に相談する前に、ごく自然に「被告地主義」への変更を主張していました。
あるとき、「準拠法も被告地主義にして欲しいとお願いしておきました」と報告がありました。
「え?」
すでに述べたように、準拠法の本質は「物差し」つまり判断の基準です。それは必ず一つでなければなりません。
準拠法が複数あるというのは、理論上NGなのです。
準拠法と裁判管轄の一致と被告地主義
準拠法が一つで、それは裁判管轄と一致しているべきということなら、裁判管轄における被告地主義は成り立たないことになりそうです。
結局どうしたよいのか。ここからは法務部の領域ですね。
この点は、その取引の相手方との関係、規模、紛争が発生する可能性の大小など様々な事情を勘案して、必要に応じて顧問弁護士と協議しつつ判断することになろうと思われます。法務部が日常的に準備できることとしては、国際取引契約の多い企業であれば、そのような判断にあたってのおおよその目安をあらかじめ顧問弁護士と相談しておくのが効率的でしょう。
一般的に言えば、欧米の主要国のように取引関連法規が整備され、その内容が安定していること、その国(州)の法律について対応できる弁護士を探すことができることが大切です。
また、紛争を可決する手段として、裁判ではなく仲裁を予定するという手もあります(この場合には仲裁機関の選定が極めて重要です)。
まとめと次回予告
今回は、準拠法について私見を述べました。
準拠法については、色々と難しい論点がありますが、まずは、「準拠法は重要。読み流してはいけない」「裁判管轄のように複数(被告地主義)とする訳にはいかない」「法務部とよく協議して」という点が伝われば、大変嬉しく思います。
次回の内容は追ってご案内できればと考えています。
引き続きよろしくお願いいたします。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑧【契約書その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑨【契約書その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑩【契約書その3】
企業法務―体験からのメッセージ⑪【契約書その4】
企業法務―体験からのメッセージ⑫【契約書その5】
企業法務―体験からのメッセージ⑬【契約書その6】
企業法務―体験からのメッセージ⑭【契約書その7】
(代表 長谷川真哉)
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