はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場で緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
8回目の今回から、予定を変更して「契約書」について数回にわたって述べたいと思います。前回の連載「様々な企業法務の業務」において、経営法友会が発表している「会社法務部 [第12次] 実態調査の分析報告(以下、第12次報告といいます)」を引用して、調査結果と当事務所のお取扱い範囲をご紹介しました。
その中で、法務部門による主管率が50%以上、つまり、多くの会社で法務部門が担っている業務のトップ3の一つが「契約関係(国内)-契約書の審査」でした。
したがって、法務部門の業務の主要な一角を占め、法務部門長としても関心のある事柄かと思います。
契約書の審査。弁護士と行政書士と”AI”
“法務部のサポーター”である当事務所は、次の3つを背景に業務をお引き受けしています。
・20年の企業法務経験
・行政書士
・公認不正検査士(CFE)
これらのうち、「契約書」については、主に行政書士としての国家資格を根拠としています。
したがって、貴社に対してどのようなサポートができるかは、行政書士ができる範囲に影響されます。
自分がある企業の法務部長だった頃、親しくしていただいていた弁護士から、唐突にこんなことを言われたことがあります。
「行政書士なんかが契約書を見ることがあるらしいね」
当時、登録はしていないものの行政書士試験には合格していたので「行政書士は契約書の作成や審査をできるはずですが」とふと口にしたところ、「契約書を見れるのは弁護士だけだよ」と、“何を言っているのかねキミ”という目でみられました。
一方、現在。リーガルテックとか、契約書AI審査等がよく話題になっています。
相手方から提示された契約書を解読して、自社のひながたと異なる部分、その他自社に不利益な部分について修正案を提示してくれるなど、展示会で最新の実演を見ていると、時代は進んでいるなあとつくづく実感します。
しかし、まてよ。
AI(人工知能)は人ではありません。当然弁護士資格はないはずです。それなのに、なぜ「契約書を審査するサービスを提供する」ことで事業者がお金を得ることができるのか。
また、仮に、「契約書を見れるのは弁護士だけ」ではないとしたら、行政書士はどうなのか。
行政書士ができること、できないこと
AIによる契約書の審査等のサービスについて、法務省は2回見解を公表しています。
一つ目は、2022年10月14日、グレーゾーン解消制度による照会に対して「違法の可能性は否定できない」というもの。
もう一つは、2023年8月1日、サービスの指針の公表です。その指針では、この範囲なら弁護士法違反ではないという例が示されました。
この指針では、「事件性がないこと」、「企業法務において取り扱われる契約関係事務のうち、通常の業務に伴う契約の締結に向けての通常の話合いや法的問題点の検討については、多くの場合『事件性』がないとの当局の指摘に留意しつつ、契約の目的、契約当事者の関係、契約に至る経緯やその背景等諸般の事情を考慮して、『事件性』が判断されるべきもの」という見解が示されました(「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」令和5年8月法務省大臣官房司法法制部より引用)。
少しわかりにくいかもしれません。日本経済新聞では、次のように報道しています。
「弁護士法は弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱う行為を禁じている。指針はAI審査を手掛ける事業者のサービスが同法に照らして適法だと見なせる目安を示した。取引内容に法的な争いがない企業間の一般的な取引契約の場合は適法となる。(中略)他方、契約内容の法的なリスクを判断して提案する場合は「弁護士法に抵触し得る」と指摘した。(日本経済新聞 2023年8月2日 1面『契約書AI審査容認 法務省が指針 適法範囲を明示』から抜粋)」。
この指針が示された直後、AIによる契約書審査サービスに関わる弁護士のセミナーで次の質問したことがあります。
「事件性のない事案であれば、弁護士でなくても、つまり誰であっても契約書の審査をして報酬を得ても弁護士法上問題ないと理解してよいのでしょうか」
それに対して、講師の弁護士は「はい、そうです。法務省は(指針で)そのように言っています」との回答でした。
つまり、企業間契約については一定の範囲なら誰でも契約書審査をすることができることになります。ましてや、法定業務(独占業務)として「契約書の作成」を認められている行政書士が、法務省の指針で許容されている業務を担えることには疑う余地はないと言えます。
実際、日本行政書士会連合会が発行するチラシには「お近くの行政書士事務所にお気軽にご相談ください。」という項目の一つに「契約書の作成やチェックをお願いしたい」という項目がありますし(「地域社会の課題解決をお考えのみなさまへ ソーシャルビジネスのすゝめ」)、行政書士の中にも、関連団体の役員を務める方も含めて、「契約書の審査」を引き受ける旨をホームページ等で公表している方は珍しくありません。
当事務所でも前述のように、法令、関係当局・団体の指針で認められる範囲で、お客様の必要とするサービスを全力で提供いたします。
事件性とは
さきほどから、「事件性がある/事件性がない」という言葉が出てきました。
事件性については、定義自体にも争いがありますが、「訴訟事件その他の具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に関して争いがあり、あるいは疑義を有するものであること、いいかえれば事件というにふさわしい程度に争いが成熟したものであることを要する(札幌地判昭和45年4月24から抜粋)」という見解があります。
ざっくり言えば、「裁判沙汰になりそうな程度のトラブル」ということでしょうか。
先輩の行政書士の中には、「契約書審査にあたり、火(トラブル)が見えたらではなく、煙(トラブルの予兆)が見えたら弁護士に引き継ぐべき」と言っている方もおられます。
このように、状況から判断して事件性のある案件および相手方との交渉については、お引き受けできかねます。そのような場合には顧問弁護士等との連携を要しますので、ご理解のほどお願いします。
ちなみに、前述のセミナーで、面白い指摘がありました。
なぜ弁護士は、行政書士など他士業による契約書の審査について否定的なのかということです。
先に引用した法務省の見解には、事件性のある事案を弁護士以外の者が取り扱うことは弁護士法第72条違反という趣旨の記載があります。これに対して、日本弁護士連合会調査室編著の「条解弁護士法[第5版]」には、事件性は不要である旨が記載されているそうです。
つまり、事件性があろうがなかろうが、法律事務に該当すること(契約書審査もその一つ)は、弁護士だけができること。他の者がそのようなことをして報酬を得るのは弁護士法違反であるというのが(弁護士業界の公式見解としては発表されていないものの)、共通の認識なのだそうです。
「多くの弁護士は、弁護士になりたての頃からそのように教育される」と述べておられました。これは法務省の指針とは趣が異なります。
冒頭の弁護士が、“何を言っているのかねキミ”という目で私を見たのは、そのような背景があるからなのかもしれませんね。
まとめと次回予告
一定の制約はあるものの、行政書士が契約書の作成、審査に携わることができることは、おわかりいただけたことと思います。
AIによる契約書審査については、多くの法務担当者は既にご存知の事と思いますが、実はこれにまつわる法務省の見解には、AIだけでなく、弁護士と行政書士の業際にも関わる論点がありました。
次回は、契約書審査の実務について、もう少し具体的にお話ししたいと考えています。
引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
(代表 長谷川真哉)
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