はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場を経験しました。常に緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
ひながたと前例
取引の最前線にいる方とか法務部門の方は、「契約書のひながた」という言葉をよく聞いたり使ったりするのではないでしょうか。「ひながた」とは「テンプレート」と言い換えられることもあります。国語辞典では「形式・様式を示す見本。特に。書類などの決まった書き方を示すもの。書式。(デジタル大辞泉)とされているものがありました。
ここからわかることは、ある程度汎用性のある記入用紙のようなイメージでしょうか。
契約書のひながたには必要な項目が列挙されていて、金額や日時と住所・氏名を書き込んで、捺印すれば完成するようなイメージかもしれません。
契約書であれば、ネット上にもそれらしいものが沢山掲載されています。インターネットが一般的になる前も、大きな文具店に行けば、ありがちな類型の契約書のひながた、例えば、売買契約書とか、請負契約書などを入手することができました(この点は現在でも同様です)。
それに対して「契約書の前例」とは、同じような取引について過去に締結したことのある契約書を新たな取引についての契約の下敷きとして用いるような場合を指します。相手方は同じ場合もありますし、異なる場合もありますが、取引の種類は概ね同様であることが多いようです。
「ひながた」と「前例」に共通することは、「締結した実績があるので、安心して使えそうだ」ということと、「今回の取引にそのまま使えるとは限らないので、慎重に検討すべき」という2点でしょう。
それは取引の性質が似て非なる場合もあれば、相手方が異なれば受け入れられる/受け入れられないというポイントが異なることが大きいと考えます。
さらに言えば、「最新ではない」という点も大きいでしょう。
今回は、この点について述べたいと思います。
古い契約文例の見分け方
初めにお断りしておきますが、インターネット上、または文具店で入手できる契約書面は古くて使い物にならないものばかりだ、というつもりはありません。最新の法令に適合するようアップデートされたものも少なくありません。
しかし、特にインターネットから入手できる素材は、第三者が管理している訳ではないので、古いものでもそのまま掲載されていることもあるのです。
今回は、業務委託契約書に限定して、時系列的に3つのチェック・ポイントを挙げてみます。
①フリーランス法
正確には、「フリーランス・事業者間取引適正化等法」といい、2024年11月から施行されました。受託者が従業員のいないフリーランスである場合、発注事業者側はいくつかの義務を負います。
契約条文において、もっともわかりやすい箇所は、報酬の支払期日です。発注事業者は、発注した物品等を受け取った日から数えて60日以内に報酬を支払う必要があります。
仮に「ウチは、どの取引先とも月末締め、翌々日末払いだから」と言うことであっても、この条件だと60日を超えることがあるので、同法に照らして不適切です。
フリーランスに発注するにもかかわらず、契約書にこのような条文がある場合、その契約書の記載内容は同法が施行された2024年11月以降見直されていない可能性があります。
まあ、この法律が施行されてからまだ二か月余りですから、望ましくはありませんが、やむを得ない感もなくはありませんね。
②契約不適合責任
次に、「乙が納品した物品に隠れたる瑕疵がある場合」などのように瑕疵担保責任を定めた規定がある場合、民法の改正に追いついていないことが考えられます。
2020年4月より施行された改正民法では、従来の瑕疵担保責任に代わる概念として「契約不適合責任」が定められました。
ざっくり言えば、納品された成果に瑕疵(欠陥、不具合)があったかどうかではなく、契約で定められた種類・品質・数量に適合しているかどうかが問われる、ということです。
いまだに「瑕疵担保」という文言があれば、2020年4月よりも古い内容であるといえるでしょう。
③和議
この言葉をご存知の方は、かなりのベテランでしょう。
契約条項には、一般条項とよばれる条文(群)があります。これらは多くの契約に規定される標準的な条項を意味します。そのなかに、必ず登場する条文の一つとして「契約解除条項」があります。一例を挙げると、次のようなものです。
「第◆条(契約の解除) 1 甲及び乙は、相手方が次の各号の一に該当する場合、何らの通知又は催告をすることなく、直ちに本契約を解除することができる。
(1)本契約に定める条項に違反があったとき
(2)監督官庁より営業許可の取消し等の行政処分を受けたとき
(3)支払停止もしくは支払不能の状態に陥ったとき
(4)差押え、仮差押え、仮処分若しくは競売の申立て、公租公課の滞納処分、その他公権力による処分を受けたとき
(5)破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算手続開始の申立てを受け、又は自ら申立てを行ったとき
(6)会社の解散、合併、分割、事業の全部若しくは重要な一部の譲渡の決議をしたとき・・」
さらに続く場合がありますが、これ以下は省略します。
さて、「和議」という文言が記載されるとすれば、上記の(5)ですが、現在ではまず見ることがなくなりました。
なぜなら、「和議」の根拠となる和議法は2000年4月をもって廃止されたからです。ちなみに、それに取って代わったものが民事再生です。
およそ四半世紀前に消滅した概念なのですが、2010~2015年頃にやりとりした契約文案にもチラホラ記載されていたことを憶えています。
もし仮にこれから使おうかと検討している契約書のひながた、または前例に「和議」という文言があれば、その文書の初期作成時期は相当古いと考えられます。よって、他の要素についても現在では通用しないことが記載されている可能性があります。ご用心ください。
まとめと次回予告
契約はいきものです。ナマモノと言い換えてもよいかもしれません。最新の内容であることが何よりも大切です。
今回はその点に着目して、用いようとしているひながた(または前例)が古くないかどうかを見分けるポイントの例をいくつかご紹介しました。
このような内容は、法務部門の方であれば周知のことであろうと思いますが、実務の最前線の方はあまり意識していない可能性があります。
社内における「ひながた」「前例」の取扱いを統一するような取り組みの中で、ご参考情報の一つとなれば幸いです。
次回は代理店契約と販売店契約の相違についてご案内できればと考えています。
引き続きよろしくお願いいたします。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑧【契約書その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑨【契約書その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑩【契約書その3】
企業法務―体験からのメッセージ⑪【契約書その4】
企業法務―体験からのメッセージ⑫【契約書その5】
企業法務―体験からのメッセージ⑬【契約書その6】
企業法務―体験からのメッセージ⑭【契約書その7】
企業法務―体験からのメッセージ⑮【契約書その8】
(代表 長谷川真哉)
Copyright © 2024 行政書士豊総合事務所 All Rights Reserved.
コメント