はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場を経験しました。常に緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
今回は前回、前々回に続き、「契約書」について述べたいと思います。
前々回は、事件性がない限り、行政書士も業務として契約書の作成のみならず審査にも携わることが可能ということを最近のAIによる契約書の審査等のサービスについて法務省が公表した見解を参考に略述しました。
前回は、契約業務に関して、私が重要と考える5つのポイントをご紹介しました。そのうち4点は契約書の条文に踏み込む前の段階の事柄でした。
今回は、その契約に関わるビジネス等の担当部門と法務部門の関わり、連携について実例を紹介したいと思います。
とある営業部長のお話
以前勤務していた、比較的営業色の強い企業であったできごとです。
顧客から提示された契約書(前回に引き続き、ここでは「契約文案」といいます)を持って、営業部長の一人が法務部にやってきました。
「新規のお客様から、契約文案が提示された。早めに確認してOKして欲しい」。
この仕事に携わっている人ならお分かりいただけると思いますが、「あるある」な言い方でした。
その程度のコメントでは何も判断できないので、できる限りその契約の要点を聞き出し、また契約文面も「紙面」ではなくデータで欲しい旨をお伝えしました。
かなり面倒がられましたが、一応はそれらに応じてもらえました。
手元に残った契約文面に目を通すと、さきほど聞いた要点とはずいぶん異なります。こんな条件ではとても合意できない、それ以前に社内の決裁を通らないだろうという内容だったので、様々な修正を加えた改定案を作成しました。
改定案のファイルをお渡ししただけでは十分に理解してもらえるか不安だったので、打合せを申し入れたところ「営業本部長が同席する場で説明せよ」との返答です。
ご希望に沿うように、本部長同席の会議で改定案の趣旨と詳細を説明したところ、その営業部長の第一声は「契約書は大事なものだから、お客様に対する改定案の説明は、法務からきちんとしてもらわないと困る」。
「はて?」取引についての条件を設定し、必要なら妥協案を検討して相手方と交渉するのは、まさに営業部門のお仕事のはず、と考えていると、本部長がおもむろに口を開きました。
「○○部長、それは違うよ。契約というのはビジネスそのものなんだよ。君が契約書を理解して相手と交渉しなくてどうする」
本部長がちゃんとわかっている人でよかった。
契約書とはビジネスの中身に直結した文書です(そうでなければ、どこかに何か別の問題があります)。
法務は全体の整合、見落としがちな論点、読みにくさに紛れた危険な条文など、主にリスク回避の視点にたって契約書を検討します。
一方、ビジネスの条件との整合性、保証・サービスと価格の兼ね合い、納期などビジネスの視点での検討は、まずは担当部門によってなされる必要があります。
本部長はちゃんとわかっていました(余談ですが、その本部長は数年後に社長になりました)。
決して小さな会社ではなかったので、そんなことがあるものか、また、この営業部では今までどのように契約書を取り扱っていたのだろうと印象に残ったできごとでした。
リレー方式
別の事例です。「ある技術開発を外部にお願いする。その結果できた製品を我が社が販売する」ということでした。技術部門のあるチームリーダーが、「技術開発契約」の契約文案を持参しました。どうやら数年前に別の案件で用いた契約書をもとに作成したようです。
技術開発を外部に委託するにもかかわらず、品質についての決め事が紙面にありません。その点について尋ねると、「その書面はBチームがたたき台をつくることになっていますから、そちらと話してください」と言います。
もしやと思い、できた製品を販売するときに、当社の販売契約ひながたではこの製品独特の条件をカバーしきれていないようですから、その契約の見直しも必要ですねと申し上げると、「それは、技術開発のめどがたった頃に営業部が相談にくると思います」
やっぱり。
私は、このような社内からの依頼を「リレー方式」と呼んでいます。マーケットのニーズに合致した製品を提供するためには、ニーズの分析と製品への反映が不可欠であり、そのためには営業・技術・製造等の関連部門が連携して、時間をかけて育てていく必要があります。
その際には、この、いわばプロジェクト全体の責任者は誰かなど、責任と役割分担を明らかにするのが通常の仕事の進め方であろうと思います。
一般に、そのプロジェクトの責任者のことを、「(ビジネス)オーナー」と呼びます。
この人がそのプロジェクト全体を調整して、生命を吹き込みます。
法務部門は、原則として、そのオーナーか、オーナーが指定する担当者と契約と書面の全体像(どのような種類の契約文案を準備するのか)や個別の契約の内容等について連携してサポートすることになります。
しかし、「リレー方式」の場合、どの部門も「自分の責任範囲はここまで。次の段階はあなたの部門の仕事です。よろしく」とバトンを次の部門に渡してレースから降りてしまいます。
そのようなやり方で複数の契約文案を個別の担当部門との間でバラバラに検討していると、事後的に不整合が生じるのは目に見えています。
ちなみに、ビジネスのオーナーなので、機能的に法務部門が担うことは適切ではありません。必ずビジネスサイドの部門間で調整して、「この人」と決めていただくべきです。
単なる連絡・調査役ではありませんから、役員・部長などある程度の権限を有している人であるべきと考えます。
この案件では、その点を最初に声をかけてくれた技術部門のチームリーダーにご説明し、幸いにもすんなり理解を得ることができました。よく話を聞くと、その件についてのプロジェクトは既に成立しており、責任者ほか役割分担も明確になっているのだそうです。
ただ、法務部門との連携についてはっきりしていなかっただけのようなので、このお話し合いによって、その後はスムーズに連携することができました。
まとめと次回予告
今回取り上げた二つの事例は、会社内では起こりがちなものだと思います。一般的には、このような事例の発生とその反省を経て、契約文案をビジネスに相応しい内容に仕上げるための、その会社なりの体制とフローがある程度整っている会社の方が多数派ではないかと推察します。
しかし、この事例をお読みになって、「うちでも、まだこんなことがあるなあ」と感じる法務担当者がおられたら、業務の効率化と、限られた時間をよりよい成果のために費やすことができるように何か工夫をすべきです。
私は、以前の複数の会社での反省を糧に、社内の関連部門に対して時間と手間をかけて情報発信、というよりは情報共有のための取組を企画・実行したことがあります。準備を含めれば数か月かけた取り組みでしたが、確実に効果がありました。
もし、関心があれば、お気軽にお問合せください。
次回は、英文契約書について、話題としては取り上げられることの少ない、本当の「最初の一歩」について体験を述べたいと考えています。
引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
企業法務―体験からのメッセージ⑤【コンプライアンス組織】
企業法務―体験からのメッセージ⑥【社内規程その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑦【社内規程その2】
企業法務―体験からのメッセージ⑧【契約書その1】
企業法務―体験からのメッセージ⑨【契約書その2】
(代表 長谷川真哉)
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