はじめに 企業法務の体験から
私は、5業種6社で通算20年にわたり企業法務の仕事に携わりました。そのうち11年余りは部門長・組織長として責任のある立場で緊張感をもって業務に取り組んできました。
20年にわたる経験の中から、企業法務に携わる方のご参考になりそうなことを『企業法務―体験からのメッセージ』というタイトルで発信しています。
5回目の今回は、【コンプライアンス組織】について述べたいと思います。
コンプライアンス組織とは
コンプライアンス組織については、常設か非常設か、部門か委員会等の横断組織かなど、性質・機能の面で様々なものがあり得ます。ここでは、特定の部門ではなく、社内横断的な委員会組織をイメージしていただければと思います。
私は、これまでの企業法務経験で、3社でこのようなコンプライアンス組織の立上げに関与しました。本日はその経験をご紹介いたします。
ケース1 重量級のコンプライアンス組織
最初のケースは、20年以上前の経験です。当時の民間企業におけるコンプライアンスについての取り組みの一つとして、実効力を高めるために、「会社のトップまたは№2を責任者とし、各組織の代表者をメンバーとした組織」が推奨されていました。コンプライアンスに関するあらゆる取組について取締役会に提案・報告し、問題の解決を図る機能を期待されていました。そのためには、社内で大きな権限を持っている人物をメンバーにすえる必要があると言われていました。
私はこの説に素直にしたがって、法務部門の担当常務をトップとし、各本部長(役員クラス)等をメンバーとする10名程度のコンプライアンス組織を提案しました。各メンバー候補に対する打診は事実上その担当常務にお任せとなりました。
そして、その会社としては初めてのコンプライアンス組織が出来上がりました。コンプライアンスに関連する事項にフォーカスした意見交換の場となり、決定事項を社内に徹底する際は各部門が比較的協力的でした(自部門のボスがメンバーですからね)、また、対外的にはコンプライアンスに積極的に取り組んでいる会社として非常に好意的に受け止められました。
一方で、次のような反省点もありました。
①そのような重量級のメンバーだと頻繁に会合を開くことは難しく、実質的には取締役会とリンクする四半期毎の開催が限度であり、機動性に欠けたこと。
②機能とメンバーの顔ぶれが既存の社内組織、例えば取締役会の手前の(任意の)意思決定機関(経営会議、執行役会、常勤役員会など、会社によって名称は様々です)と大きく重複してしまうため、その組織の必要性が理解されにくいこと(常勤役員会の機能の一つに加えればよいのではないか、というようなご意見もありました)。
③各メンバーは自部門内に命令する立場であり、実際に汗をかく実働部隊は別に必要となること。
④結果として、個別の案件については責任者の担当常務が方針を決め、実務は事務局の私が各関連部門と協力して行い、各メンバーの関与は事前了解と事後報告に事実上限られたこと。
などが挙げられます。
ケース2 機動性の高いコンプライアンス組織
次のケースは、10年ほど前のことです。別の会社なのですが、入社したところ社内を横断するコンプライアンス組織がありませんでした。
しばらく様子を見ていたのですが、総合的に考えてそのような組織の必要性を感じ、新設を提案することにしました。
その会社のカラーと前回の反省点を活かして、大きく3つの点を変えてみました。
(1)機能を整理する
ケース1のように、コンプライアンスに関するあらゆる取組について取締役会に提案・報告し、問題の解決を図るという機能は、やや理想的すぎるきらいがあるといえます。
また、メンバー選出にあたっても、その点を意識して尻込みする人も出てくるかもしれません。「解決する責任を負わなければならないのですか」と。
そこで、思い切って、コンプライアンス組織の機能を「コンプライアンスに関して必要な事柄を速やかに常勤役員会に報告・提案する組織」としました。解決する責任は、その事柄に関連する部門であることをはっきりさせたのです。組織の名称も「コンプライアンス連絡会」としました。
常勤役員会に提案・報告した後の進捗については事務局がモニタリングし、監査部門も協力してくれることになりました。
(2)メンバーは、現場のベテランの責任者
各事業部門には、たいてい管理機能を担う部署があるものです。このコンプライアンス組織のメンバーにはそのような部署の部長・次長クラスの方にお願いしました。
ケース1の場合と異なり、複数回にわたって常勤役員会に提案し、まずは組織の趣旨・機能とメンバー人選への協力をお願いしました。各事業部門長に適任者を推挙していただき、私から個別に説明したうえでお引き受けいただけるようお願いしました。
はじめのうちは何事かと警戒されたこともありますが、解決責任を負うのは、そのことがらの管掌部門であって、メンバーにお願いしたいことは速やかな報告と提案であると説明したところ、概ね安心していただけました。
(3)会合と情報交換の頻度を月次以上に
速やかな情報の把握と報告のためには四半期に一度の活動ではタイムリーさに欠けます。そこで会合頻度を月次とし、緊急の場合はメールでの連絡も組み合わせました。
レポーティングラインも月に1~2回開催される常勤役員会をターゲットとし、常勤役員会と取締役会の一員でもある、法務を担当する取締役に責任者になっていただきました。
各メンバーは社歴も長く、自部門および関連する業務については表も裏も精通している、頼りがいのある人ばかりです。
自社はもちろん、業界、世間で懸念されている事象についてはなんでも持ち寄り、報告・対策を要することを選別し、必要なことは解決のアウトラインを提案することにしました。
その結果、その会社ではコンプライアンスについて大きく後手に回ることはなく、懸念事項が発生したときも比較的スムーズに初期消火ができたと思っています。
メンバーからも、ともすれば自部門中心に考えがちであったところ、一歩高い視点から社内全体を俯瞰できるようになったという声がありました。
ケース3 入社3か月後に組織化の指示
コンプライアンス組織の設立に至らなかったこともあります。
上述の2つのケースとは別の会社で、入社3か月後にコンプライアンス組織を設立せよと指示を受けました。
「まずは、各部門からメンバーの候補者をリストアップせよ。その上役には自分から協力を依頼する」
さすがに無理がありました。何といっても、どの部門にどんな方がいるのかまるで知らないのですから、候補者を選べる訳がありません。各部門長への接触はリストアップ後、という指示なのですから、困り果てました。
結局、身近な社歴の長い人達の協力を得ながらなんとか人選しましたが、次は機能の問題です。色々な角度から問うてみたのですが、「コンプライアンスに関することをしっかりしなければならん」というばかり。もしかしたら、私に指示した上司の頭の中にもあまり明確な像が描けていなかったのかもしれません。
それでも、候補者を集めた準備会合を何度か実施し、そこで上司のコメントを聞きながら機能の整理とメンバーの意識のすり合わせをしましたが、とある事情があって私は別の仕事を担当することになり、その業務を離れることになりました。
後から聞いたところ、結局、その準備会合以降の進展はなく、「コンプライアンス組織はない」とある監査で指摘されていたそうです。
いまだに残念な思い出の一つです。
まとめ
結局のところ、その会社に何が必要なのかということがカギだと思います。足りない部分を埋めるきっかけになるのであれば、コンプライアンス組織を形成し、情報のハブとすることは間違いなく効果的な手法です。
世間的にも紆余曲折を経て、もうさすがに「コンプライアンスは仕事の邪魔」という見方も減りつつあるのではないでしょうか。
過剰ではない、その会社に合った「程よいコンプライアンス」を実現することが理想的だと考えます。
私の様々な体験が貴社のお仕事に役立てるかもしれません。
もし、貴社が、あなたが、このような点でヒントやサポートが必要であれば、ぜひ、お気軽にお問合せください。初回相談は無料です。
次回予告
今回は、【コンプライアンス組織】についての体験を記事にいたしました。次回は、そのコンプライアンスを実現するための前提の一つでもある「社内規程」についての体験を掲載する予定です。
規程を制定したものの、適切な頻度でアップデートできていない、とか、既に膨大な規程があり、その関連性もよくわからなくなって困っている等、様々な状況でどのように対処し、社内の理解促進を図ったか、などをお知らせしたいと考えています。
引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
※前回までの投稿は、以下をご参照ください。
企業法務―体験からのメッセージ①【期待】
企業法務―体験からのメッセージ②【人】
企業法務―体験からのメッセージ③【採用】
企業法務―体験からのメッセージ④【転属】
(代表 長谷川真哉)
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